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寺社建築と文化財の探訪<TIAS>

寺社建築の起源、歴史、文化財の紹介と文化財の問題点を探訪しています。 常時更新中です!
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8-9-3 佐賀県の文化財

8-9-3 佐賀県文化財探訪

 

 

リンク

1

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8

-9九州

福岡

長崎

佐賀

大分

熊本

宮崎

鹿児島

沖縄

 

 

 

 

8-9-3

  佐賀県の建造物文化財の探訪

 

令制国の肥前国東部に相当する。明治の府県制成立の際、同国は佐賀県と長崎県の2県として分立した。

県名は佐賀郡(現在の佐賀市)から採られたもので、『肥前国風土記』に伝えられる、楠の木が生え盛るこの地を指して日本武尊が言った「栄の国」に由来する。

 

 

 肥前国の施設

  

 ※長崎県と同じ

 

施設

施設名称

概要

国府

 

国府は、『色葉字類抄』によると、佐嘉郡にあった。現在の佐賀県佐賀市大和町惣座にあった。

8世紀前半に造営され、そのまま移転せずに規模を変化させているが、10世紀に

入ると急速に縮小していく。

 

1975年(昭和50年)から1984年(昭和59年)までの発掘で政庁などの遺跡

が発見された。易林本の『節用集』では「小城郡に府」と記載がある。

 

国分寺

肥前国分寺跡

佐賀県佐賀市大和町大字久池井

国分尼寺

 

不詳

延喜式内社

 

大社1座1社・小社3座3社の計4座4社

 

名神大社

松浦郡 田嶋坐神社 (現 田島神社、佐賀県唐津市呼子町加部島)

 

  小社

松浦郡 志志伎神社 (長崎県平戸市野子古町)

基肄郡 荒穂神社 (佐賀県三養基郡基山町大字宮浦)

佐嘉郡 與止日女神社 (佐賀県佐賀市大和町大字川上)

総社・一宮

総社

 所在不明

 

一宮

與止日女神社 - 国衙と結びついていた。

千栗八幡宮 - 宇佐神宮を背景とした。

 

 

最も社格が高いのは田島坐神社であるが、一宮にはなっていない。

一宮は中世以降上記の2社が一宮を主張し並立した。二宮以下は不詳である。

 

 

 

 

 佐賀県の文化財一覧表

 

   佐賀県HP  佐賀県の文化財紹介  詳細な説明があります。是非参照してください。

 

 

名称・棟名

区分

時代

年代

概要

重文指定

所在地

与賀神社

   三の鳥居

重文

桃山

慶長8(1603)

石造明神鳥居 柱に慶長八年癸卯初冬吉祥日の刻銘がある

19700617

佐賀市与賀町2-50

与賀神社 石橋

重文

桃山

慶長11(1606)

石造反橋、橋脚六基、擬宝珠高欄付
擬宝珠に慶長十一年丙午南呂彼岸日の刻銘がある

19700617

与賀神社 楼門

重文

桃山

桃山

三間一戸楼門、入母屋造、

銅板葺

19130414

2

田嶋神社 本殿

重文

室町前期

室町前期

三間社流見世棚造こけら葺

19870603

伊万里市波多津町畑津1260

3

多久聖廟

重文

江戸中期

宝永5(1708)

桁行三間、梁間三間、一重もこし付、入母屋造、

向拝一間、唐破風造本瓦

19330123

多久市多久1843-3

4

佐賀城 

 鯱の門及び続櫓

重文

江戸末期

天保7(1836)

鯱の門 櫓門、入母屋造、

本瓦葺
続櫓 一重二階櫓、西橋入母屋造、本瓦葺

19570618

佐賀市城内2-18-1

5

武雄温泉 新館

重文

大正

大正3(1914)

建築面積409.53㎡、一部2階建、桟瓦葺

20050722

武雄市大字武雄550

武雄温泉 楼門 

重文

大正

大正3(1914)

建築面積119.96㎡、両側両翼屋付、本瓦葺桟瓦葺

20050722

6

旧筑後川橋梁

 筑後川昇開橋

重文

 

 

最古の昇開の可動橋

平成15年5月30日

佐賀市諸富町大字為重

 

  佐賀県の建造物文化財は少ないので、建造物以外の文化財を探査してみました。リンクを参照してください。

 

 

 

重要文化財

 特長

指定年月日

所在地

10

国宝 催馬楽譜

      (さいばらふ)

平安時代後期の古い写本

昭和27年11月22日

佐賀市松原2-5-22

11

銅鐘和鐘

鎌倉時代初期

昭和25年8月29日

佐賀市大和町川上字真手山

健福寺

12

銅鐘(朝鮮鐘)

1026年の銘

昭和25年8月29日

唐津市鏡字山添

恵日寺

13

木造広目天立像

木造多聞天立像

像高149.4cm

昭和25年8月29日

三養基郡基山町園部

大興善寺

14

木造聖観音立像

像高108.5cm

昭和25年8月29日

神埼郡吉野ヶ里町田手1728 東妙寺

15

木造釈迦如来坐像

像高111.0cm

16

木造普賢延命菩薩騎象像

像高71.7cm

昭和32年2月19日

佐賀市久保泉町大字上和泉 龍田寺

17

木造薬師如来坐像

像高82.7cm

昭和25年8月29日

小城市牛津町上砥川 

常福寺

18

木造帝釈天立像

像高110.9cm

19

木造薬師如来坐像

像高89.1cm

昭和25年8月29日

東松浦郡玄海町大字有浦下

東光寺

20

木造四天王立像

約140cm

昭和25年8月29日

武雄市武雄町富岡 

広福護国禅寺

21

木造阿弥陀如来坐像

木造薬師如来坐像

像高140.3cm

像高85.1cm

昭和25年8月29日

鹿島市能古見町大殿分

蓮厳院

22

木造不動明王及二童子像

像高88.2cm

昭和25年8月29日

嬉野町大字吉田字寺辺田 

永寿寺

23

木造円鑑禅師坐像

 

昭和25年8月29日

佐賀市城内1-15-23

県立博物館

 

重要伝統的建造物群保存地区

 佐賀県 HP

 

24

浜庄津町浜金屋町

茅葺町家

桟瓦葺町家

平成18年7月5日

鹿島市浜町字多々良川ほか

25

浜中町八本木宿

蔵造町家

平成18年7月5日

鹿島市浜町字一本松ほか

26

塩田津

蔵造町家

平成17年12月27日

嬉野市塩田町大字馬場下甲

27

有田内山

有田焼

平成3年4月30日

西松浦郡有田町

28

特別史跡 名護屋城跡並陣跡

 

昭和30年8月22日

唐津市鎮西町・

唐津市呼子町

29

特別史跡 基肄(椽)城跡

 

昭和29年3月20日

三養基郡基山町小倉

30

特別史跡 吉野ヶ里遺跡

 

平成3年5月28日

神埼市・吉野ヶ里町

31

特別名勝 虹の松原

幅約500m、

長さ約4km松林

昭和30年3月24日

唐津市(東唐津、鏡、浜玉町浜崎)

 

 

 

 

 

 佐賀県の個別文化財の探訪

 

 

 

1

 与賀神社

所在地

電話

 佐賀県佐賀市与賀町2−50

0952-23-6091

周辺・境内

市内でも最古級の縁起を持つ古社で、旧佐賀城お濠のすぐ西に鎮座している。

歴史・由緒

鎌倉時代は「与賀御庄鎮守宮」で、建歴2年(1212年)北条義時が社殿を再興、

建長3年( 1251 年)には与賀郷の地頭であった大宰少弐資能安穏のため洪鐘一口が寄進され、永正10年( 1513 年)には神階一位に進められました。

 

  室町後期に、太宰府長官であった少弐政資公は 山口の大内氏との抗争の末、佐嘉の地に来て文明十四年1482 年に現在の赤松町龍泰寺一帯にあった父教頼の旧館を開き与賀城を築き、当神社を鬼門の鎮守として崇敬し社殿を再興、楼門を造立し神事を修飾。 

 

 その後、少弐氏時代から高木氏、竜造寺氏、鍋島氏にかけては、与賀郷の宗廟として領主・藩主を始め一般士民の崇敬厚く、特に鍋島氏は佐賀城の鎮守、各代の産土神社として深く尊崇され、数々の寄進をなされています。

 

創建・建立

欽明天皇25年(564)

祭神・山号

与止日女神(よどひめ)豊玉姫命

社格・札所

旧県社

リンク

 HP

特長・見所

現在の神殿・拝殿は宝暦8年(1758)鍋島宗教(6代)重茂(7代)父子の造営である

・本殿(五間社流造)・中殿・拝殿(入母屋造、唐破風付)・屋根銅板葺、総素木造、

  随所絵様彫刻 鍋島宗教・家嫡重茂御造立」

重文

・太刀 一口 銘「康光」:600年余前、備前国長船の人の作

県指定ほか

・本殿、拝殿、幣殿(H25年指定:国登録有形文化財)・大楠 樹齢1400年県天然記念物

 

 

 

1-1

与賀神社 三の鳥居

建立

再建

慶長8年(1603)

 

文化財指定年

昭和45.06.17

 

建築・様式

 石造明神鳥居 肥前鳥居

リンク

 

附指定

なし

立面・特長

高さ3.90、長さ5.65

外壁

 

外周

 

 

笠木と島木が一体化し、先端は流線形・笠木・貫・柱が3本継

概要・歴史

佐賀藩祖鍋島直茂の夫人が奉献 朝鮮出兵後、直茂公の無事の帰還を祝い寄進されたもので、桃山時代の地方的特色のある優れものです

特長・見所

・笠木鼻の形に特有の様式

修理履歴

 

文化庁解説

 三の鳥居は慶長八年(1603)につくられた石造明神鳥居で、佐賀藩祖鍋島直茂の夫人の奉建になる。北九州地方の特有の形式をもつ鳥居として著名である。 

      8-9-3 与賀神社 鳥居 20150824

 

 

1-2

与賀神社 石橋

建立

再建

慶長111606)

 

文化財指定年

昭和45.06.17

 

建築・様式

 

リンク

 

附指定

なし

平面・形状

長さ10.5、幅3.15

 

 

 

 

概要・歴史

川床までの高さは中央部で1.78で、両側に高さ56cmの欄干がつく。

擬宝珠の銅板に肥前州与賀荘 正一位与止日女大明神慶長十一年丙午南呂彼岸日 鍋島加賀守豊臣朝臣直茂造立之の線刻銘があり、江戸時代初期の石橋として県内で唯一のものである。

特長・見所

10個の擬宝珠がついている。

ゆるい曲線をもつ反り橋で橋脚は3本併立の6列である

修理履歴

昭和56年 部分修理

文化庁解説

石橋は慶長111606年、擬宝珠高欄付きの石造反橋で藩祖鍋島直茂の寄進になる。 

 

 

 

1-3

与賀神社 楼門

建立

再建

桃山 1573-1614

 

文化財指定年

大正2.04.14

建築・様式

入母屋造

リンク

 

附指定

なし

平面・形状

正面三間、側面二間

屋根

銅板葺

妻面

 

立面・特長

三間一戸楼門

外壁

 

外周

 

軒裏・

 

中備

 

 

 

概要・歴史

 佐賀県内で最も古い木造建築物です。竜造寺家の「藤竜家譜」によれば、 1482年太宰少弐政資公が先考教頼公の旧館(現在の龍泰寺一帯)を修めて与賀城を築き与賀神社を鬼門の鎮守として祀ったとあり、同じ頃楼門を建立したと伝えられます。

特長・見所

・当初杮葺であったが後世銅板葺屋根に改められ現在に至っている

・構造形式は室町時代の地方的風調がある。

修理履歴

昭和49年 塗装修理

文化庁解説

なし

 

       8-9-3 与賀神社 石橋 20150824

 

 

 

 田嶋神社  たしまじんじゃ

所在地

電話

伊万里市波多津町畑津1260

市生涯学習課 0955-23-3186

周辺・境内

不詳

歴史・由緒

不詳

創建・建立

不詳

祭神・山号

宗像三女神

多岐津姫命 市杵島姫命 田心姫命

社格・札所

不詳

リンク

 伊万里市

 

 

 

2-1

  本殿

建立

再建

室町前期 

1333-1392 

文化財指定年

昭和62.06.03

 

建築・様式

三間社流見世棚造

リンク

 

附指定

なし

平面・形状

桁行三間(実寸2.88m)

梁間三間(実寸2.95m)

屋根

こけら葺

妻面

豕叉首組

立面・特長

自然石の礎石

外壁

弊軸付き板唐戸

外周

地貫・長押、頭貫

軒裏・

平三斗連斗なし三斗

見世棚出三斗・連三斗

中備

なし

見世棚繋虹梁

 

 

内陣・外陣

板床、竿縁天井を張り、背面に高棚

概要・歴史

近世の神社建築に比べ飾りの少ない簡素なつくりですが、もとは朱塗りの彩色社殿でした。15世紀の建立と考えられ、県内最古の神社建築です。

特長・見所

・原則として覆屋の格子ごしにしか見学できません。

・正面庇中央間の頭貫を弯曲して起り上げる形

修理履歴

向拝の桁・垂木より上は新しい補修

文化庁解説

三間社流見世棚造の本殿で、現在は覆屋に入れられている。

正面庇中央間の頭貫を弯曲して起り上げる形はこの地方の特色である。 

軸部の保存もよく、九州地方の数少い中世神社遺構として価値が高い。

 

      8-9-3 田嶋神社 本殿20150824

 

 

 

 多久聖廟 (たくせいびょう)

所在地

電話

佐賀県多久市多久町1642番地

 0952-75-6220

周辺・境内

                 ガイド予約は多久市観光協会(電話0952-74-2502)

歴史・由緒

肥前多久邑主の多久茂文が教育振興を目的として建立を発願し、1699年(元禄12年)に学問所(後の東原庠舎)を建設した上でその講堂に孔子像を安置、さらに1708年(宝永5年)に椎原山の麓に拝殿(恭安殿)を完成。大正10年(1921年)3月3日、敷地を含め国の史跡に指定されている。

創建・建立

1699年(元禄12年)

祭神・山号

 

社格・札所

孔子廟

リンク

 HP  wiki 

特長・見所

多久聖廟は、宝永5年(1708)多久茂文が孔子像を安置し、領民に「敬」の心を培わせるために建てた孔子廟です。 

現存する聖廟としては足利学校(栃木県)、閑谷学校(岡山県)に次ぐ古い建物です。 

建築様式は、禅宗様仏堂形式と呼ばれる我が国の代表的な建築様式ですが、彫刻や文様で中国的な雰囲気を出しています。

 

春と秋には聖廟釈菜(釈菜)が催され、そのときが聖廟内の拝観ができ る唯一の日です。

「釈菜」は孔子をはじめとする儒教の先哲を祭る儀式で、 聖廟創建(1708年)以来一度も絶

えることなく続けられています。

 儀式は中国風の祭儀をかたくなに守り、市長が勤める献官をはじめ祭官が中国明代の祭官

服で登場。伶人が奏でる笙や笛の音が静かに流れる中、式典は厳かに執り行われます。

多久聖廟釈菜の式典は佐賀県重要無形民俗文化財の指定を受けています。 

 

      8-9-3 多久聖廟 20150824

 

 

3-1

多久聖廟

建立

再建

1708年(宝永5)

文化財指定年

昭和25年(1950)

8月29日

建築・様式

禅宗様仏堂形式

リンク

 

附指定

聖龕

平面・形状

桁行三間梁間三間もこし

向拝一間、唐破風造

奥陣桁行二間梁間一間

   入母屋造

屋根

入母屋造

本瓦葺

妻面

 

立面・特長

石基壇 礎石 

外壁

弁柄塗

外周

 

軒裏・

 

中備

 

 

 

内陣・外陣

本堂の天井には、邑の絵師御厨夏園によって見事な蟠龍が描かれている。

正面の奥陣には、重要文化財に指定されている本瓦板葺の聖龕と呼ばれる八角厨子が置かれ、内部に高さ81cm「元禄13年5月鋳成」の銘を背にもつ青銅製の孔子倚坐像が安置されている。 

概要・歴史

 

特長・見所

・鳳凰や麒麟、象、龍などが彫刻。

・天井には、邑の絵師である御厨夏園(みくりやかえん)による見事な蟠(はんりゅう)が描か

 れています。あまりの迫力に龍が飛び去ってしまうのを恐れてうろこをい一枚描かずに

 未完成にしてあるとか、夜な夜な龍が池の水を飲みに絵から抜け出すのでうろこを一枚

 はがした、などという伝説があります。

 

修理履歴

昭和62年~平成2年 半解体修理

文化庁解説

宝永5年(1708)、旧多久邑を治めていた多久氏により建てられた孔子廟。

漢学や諸武芸など儒学に基づく子弟教育が行われた学校施設の精神的な要として建立され、職人や用材は大半が村内でまかなわれたという。

三間もこし付禅宗仏殿形式の「本堂」が建ち、背後に接続する張り出し部「室」に神壇を構えて八角形の逗子「聖龕」を安置する。中国建築を意識して豊かに施された絵様彫刻や彩色は壮麗であり、外観・内部空間ともに独特な趣を漂わせている。

我国の聖廟建築を代表するものといえる。

 

 

                 佐賀県の文化財探訪を終わります。

 

 

 

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