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寺社建築と文化財の探訪<TIAS>

寺社建築の起源、歴史、文化財の紹介と文化財の問題点を探訪しています。 常時更新中です!
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8-6-1 兵庫県の神社建築-1

8-6 近畿-2 兵庫県神社建築-1

  8-6  近畿ー2




     

 8-6 近畿-2

兵庫

大阪

和歌山


 
現在2015年2月 兵庫県のみ記載しています。 大阪、和歌山は時間がかかります。


        分割していますので、下記からリンクしてください。
     

   8-6-2  兵庫県の神社建築-2 
   8-6-3  兵庫県の寺院建築-1  一乗寺・浄土寺
   8-6-4  兵庫県の寺院建築-2  太山寺・朝光寺・鶴林寺
   8-6-5  兵庫県の寺院建築-3  円教寺・温泉寺・伽耶院・歓喜院・酒見寺
   8-6-6  兵庫県の寺院建築-4  随願寺・石峯寺・大国寺・長遠寺
   8-6-7  兵庫県の寺院建築-5  東光寺・徳光院・如意寺・斑鳩寺・本興寺・満願寺・弥勒



 
   

 8-6-1  兵庫県の神社建築-1






 1、兵庫県 神社 建造物 国指定文化財 一覧表

 

 

神社名

住所

指定文化財

リンク

建立年代

 

1

賀茂神社

たつの市御津町室津

本殿  権殿  

東廻廊 唐門 西廻廊

片岡社太田社本殿

貴布祢社若宮社本殿

榲尾社本殿

wiki  J-g

   狛犬

賀茂

江戸中期

1699

2

天満神社

たつの市新宮町宮内

本殿

  j-g

室町後期

1544

3

豊歳神社

神戸市北区大沢町

本殿

  J-g

室町後期

1511

4

六條八幡神

神戸市北区山田町

三重塔

Wiki    j-g

室町中期

5

若王子神社

神戸市北区山田町

本殿

 j-g

室町中期

1408

6

春日神社 

篠山市黒岡

能舞台 

 Wiki  J-g

江戸末期

1861

7

名草神社

養父市八鹿町石原

本殿 拝殿 三重塔

Wiki   

江戸中期

1754

8

西宮神社

西宮市社家

大練塀  表大門

Hp  wiki j-g

室町桃山

 

9

酒垂神

豊岡市法花寺

本殿

Wiki  J-g

室町中期

1444

10

嶋神社

豊岡市三宅

本殿

wiki  玄松子

室町中期

1428

11

久久比神社

豊岡市下宮

本殿

Wiki  J-g

室町後期

1507

12

日出神社

出石郡但東町畑山

本殿

J-g  文化

室町後期

 

13

若宮八幡宮

加東市黒谷

本殿

  J-g 

室町後期

1564

14

住吉神社

加東市上鴨川

本殿

wiki J-g  

室町後期

1493

15

広峯神社

姫路市広嶺山

本殿 拝殿 宝篋印塔 

Wiki 石造 広峯

室町中期

1444

16

御形神社

宍粟市一宮町森添 

本殿

wiki  hp  J-g

室町後期

1527

17

八幡神社

宝塚市中筋

本殿

Wiki  J-g 八幡

室町後期

 

18

波豆八幡神社

宝塚市波豆

本殿

Wiki J-g 波豆

室町中期

1403

19

八幡神社

小野市浄谷町

本殿拝殿  浄土寺境内

 j-g

室町中期

1235

20

多田神社

川西市多田院

本殿 拝殿 随身門

Hp  wiki  J-g

江戸中期

1667

21

戸隠神社

川辺郡猪名川町肝川

本殿

  戸隠 J-g

室町後期

1524

22

赤淵神社

朝来市和田山町枚田

本殿

J-g  狛犬

室町中期

 

23

高売布神社

三田市酒井

本殿

wiki  j-g 

室町後期

1513

24

御霊神社

三田市貴志

本殿

Wiki  J-g 

室町後期

1466

25

住吉神社

三田市大川瀬

本殿

J-g  

室町中期

1436

26

天津神社

三木市吉川町前田

本殿

Wiki  J-g 

室町後期

1492

27

稲荷神社

三木市吉川町富岡

本殿

   j-g

室町後期

1546

28

柏原八幡神社

丹波市柏原町柏原八幡

本殿及び拝殿

   j-g

桃山

1528



 





     2 個別神社の探訪  
             写真は順次追記します 取り合えず文化財の詳細を紹介します。

 賀茂神社 (かもじんじゃ)

所在地

たつの市御津町室津74

TEL 079-323-3171 

環境

室津港の南に突き出た小さな半島にる。シーボルトが訪れて参籠所からの播磨灘の展望を絶賛するといった逸話も残されているように、景色が良い所で 日本列島の北限に位置するという県指定天然記念物のソテツの群生がある。

江戸時代に遊郭が公に許されたのは、江戸の吉原、京の島原、長崎の丸山、室津など僅か25カ所であった。伝説の美女の室君、遊女の元祖友君などの話が残っている。

社殿は 古代様式の清楚で 荘厳な佇まいを伝える。 海岸まで歩いて瀬戸内海の景色を・・・必見です

由緒

平安時代に京都 賀茂別雷神社の直系御厨同じ五社造りで、同じ祭神をまつる。 紋章も同じ二葉葵

賀茂神社と平家物語

1180(治承4年):平清盛、高倉上皇を擁し、厳島神社へ行く途中室津へ立ち寄る。「高倉院厳島御幸記に記載。「やしろ5、6大やかにならぶ 」とあ、当時から このような景観であったと考えられる。

1183年(寿永2年):平氏(大将 知盛、重衡)、源行家を七曲で迎え撃ち大打撃を与える。

1186年(文治2年):源頼朝 室四郎に命じ室山城を築かせる。頼朝賀茂神社に対し神領として安志、林田庄を賀茂の御厨として寄進。  

祭神

賀茂別雷神  彦火火出見尊 菅原道真命

創建

平安時代

社格

國内鎮守大小明神社記 室生賀茂明神 小社

祭り

小五月祭り(4月) 棹の歌の奉納

県無形民俗文化財

文化財

本殿 権殿 拝殿 東廻廊 西廻廊 唐門

摂社片岡社太田社本殿

摂社貴布祢社若宮社本殿(きぶねしゃ)

摂社榲尾社本殿(すぎおしゃ)

リンク

wiki  J-g    狛犬  賀茂

狛犬

五対の木造狛犬がある。社殿と共に製作されたならば1699年であるが

五対それぞれ違った姿形をしている。比較鑑賞してください。


 a5室津賀茂神社1  a5室津賀茂神社8  
   四脚門  神社参道              室津  瀬戸内海を望む


建築名

本殿 

指定

重文

建立

江戸中期 / 1699

指定

 

形状

三間社流造

様式

流造

平面

三面一間

屋根

切妻

葺材

桧皮葺

破風

豕扠首  猪ノ目懸魚

飾り

千木、鰹木はない  素木造

組物

舟肘木

壁・扉

板壁横貼り 正面 板扉 銅製飾り金物各所

柱・縁

母屋 柱丸柱 高欄付き縁三方向

正面

面取り角柱  木階7段

文化庁

京都賀茂別雷神社の御厨の地に建てられた神社本殿(三間社)摂社三殿(片岡社太田社、貴布祢若宮社は二間社、榲尾社は一間社)、権殿(一間社)はいずれも正規の流造の形式をもち、材料工作とも優秀である。賀茂別雷神社の直系としてきわめて貴重な遺構。 唐門、回廊も社殿配置を知る上に重要である。

景観

3棟並列する社殿は 壮観ですばらしい

修理

昭和45~46年廻廊解体、他葺替え、部分修理


 a5室津賀茂神社6   a5室津賀茂神社9  
  唐破風の廻廊と社殿              立ち並ぶ社殿は壮観です


  

建築名 

摂社片岡社太田社本殿

摂社貴布祢社若宮社本殿

指定

重文

建立

江戸中期 / 1699 

指定

1974521

形状

二間社流造

様式

流造

平面

二面一間  (二間社は類例が少ない)

屋根

千木、鰹木はない

葺材

桧皮葺

破風

豕扠首  猪ノ目懸魚

蟇股

 

組物

舟肘木

壁・扉

板壁横貼り 正面 板扉 銅製飾り金物各所

柱・縁

母屋 柱丸柱 高欄付き縁三方向

正面

面取り角柱  木階7段

特長

 

修理

昭和45~46年廻廊解体、他葺替え、部分修理


 a5室津賀茂神社4 a5室津賀茂神社3 
       本殿                神社本殿の雰囲気は素晴らしい 


建築名

摂社榲尾社本殿

権殿(ごんでん) 

指定

重文

建立

江戸中期

元禄10年(1697)

指定

19745

形状

間社流造

様式

流造

平面

一間四方

屋根

 

葺材

桧皮葺

破風

豕扠首  猪ノ目懸魚

 

榲尾社本殿の屋根に千木、鰹木2がある

組物

舟肘木

壁・扉

板壁横貼り 正面 板扉 銅製飾り金物各所

柱・縁

母屋 柱丸柱 高欄付き縁三方向

正面

面取り角柱  木階7段

特長

 

修理

昭和45~46年廻廊解体、他葺替え、部分修理

権殿

権殿とは仮の殿という意味、本殿や各社の造り替えや修理の時にご神体を一時移すための予備の社殿です


 a5室津賀茂神社5   a5室津賀茂神社2
   狛犬  沢山あります              廻廊  東面


建築名

唐門  東廻廊 西廻廊

指定

 

建立

江戸中期 1699年

指定

19745

唐門

桁行一間、梁間一間、向唐門

様式

唐破風造

廻廊

桁行七間、梁間一間、一重

屋根

唐破風造

葺材

桧皮葺

破風

唐門 大瓶束 周辺彫刻飾り 海老紅梁特異

蟇股

廻廊妻面 板蟇股

組物

木鼻などを銅版で飾る

壁・扉

腰板壁 上部 菱格子  目が粗い

特長

江戸時代の荘厳さがある

修理

昭和45~46年廻廊解体、他葺替え、部分修理

その他

●拝殿(市文江戸中期宝永4年(1707)再建

本殿と拝殿が境内を隔てて建っている。その形態を飛び拝殿と呼び、神社建物配置の古い形

●「四脚門(表門) 龍の彫刻で有名。「馬足の龍」と呼ばれている。明和6年(1769)、大阪の中川

 利兵衛藤原知親家の作とされる

●「多宝塔跡 多宝塔は南北朝貞治年間(1362-1368)頃に建立された。その後、再建され、シーボ

 ルトが訪れて「建築上の真の名作」と絶賛した。明治の廃仏棄釈により取り壊され、ご本尊の多宝如来

 は浄雲寺に安置される。


         a5室津賀茂神社7
              唐門  江戸時代の曲線の典型


 

 天満神社 (てんまんじんじゃ)

所在地

たつの市新宮町宮内342

0791-75-5450 

環境

 

由緒

守護職の赤松則祐が城山城を築き、鬼門を護るために霊岳禅師(れいがくぜんじ)を招いた。禅師の夢枕に天神である菅原道真が現れ、鎮守堂を祀ったのが天満神社の縁起と伝わっている。

当時書写山円教寺の大塔を建てた棟梁藤原新右衛門光重によって再建

祭神

菅原道真

創建

1369年

社格

不明

祭り

毎年2月25日の祭礼、書奉納、植木市が行われ、学業祈願の参拝で賑わう

文化財

本殿  兵庫県下中世神社建築の一例

リンク

 j-g  



建築名

 本殿

指定

重文

建立

天文13年(1544)

指定

 

形状

一間社流造

様式

覆屋の中 事前の予約が必要【通常非公開】

平面

堅板葺一間社流造

屋根

 

葺材

板葺

破風

詳細不明

蟇股

各所にある 極彩色に塗装

柱・縁

母屋 柱丸柱 高欄付き縁三方向

正面

面取り角柱  木階5段

特長

塗装は少し? 塗装仕様の確証はあるのか?

修理

近年いつかは不明

県文財

菅天神像(かんてんじんぞう) 像高44cm。檜材の寄木造りで、学問の神様と言われる菅原道真が公家の衣装を着ている姿である。 製作時期は室町時代前半



 豊歳神社 (とよとし)

所在地

神戸市北区大沢町市原字月方631 

078-986-5383

環境

豊歳神社は大沢地区の市原に鎮座してい。大沢町と書いて、「おおぞうちょう」と読み。おそらく大半の人は読めないのでは

 吉川の東光寺、歓喜院の近く JR三田駅から神姫バスで市原で降り、田園地帯を10分ばかり歩く

由緒

北区の長尾町、上津に鎮座、大歳神社のご分霊を奉祀。その後、肥前の国、浪士仲井守国(紀守国)が、この地に居住し、当社を崇敬して自ら大願主となり、永正八年(1511)に新社殿を建立し、伊勢の豊受大神を勧請し、社名を「豊歳神社」と改称したそうです。明治元年の神仏判然令発布までは石峯寺竹林院が管理していました北区長尾町上津谷字袋谷の大歳神社の分霊と伝えるが、勧進年代は不詳である

祭神

豊受大神・御年大神

創建

不明

社格

不明

祭り

十月の体育の日の例祭(秋祭)

文化財

本殿  天満神社より塗装は品がある。

リンク

 J-g  



建築名

本殿

指定

重文

建立

永正8年(1511

指定

昭和54年5月21

形状

一間社隅木入春日造

様式

覆屋の中 事前の予約が必要?

平面

桁行1.2、梁間1.09,向拝出1.09

屋根

入母屋 妻入り

葺材

杮葺

破風

本殿正面の欄間の透彫は、桃山時代の先駆

蟇股

正面向拝の庇下の蟇股の雲竜彫刻

内陣

本殿内陣は扉をそれぞれに構えた二室からなり、東室(向かって右側)に豊受大神を西室に御年大神を祀

り、建物は間口四尺、奥行き七尺二寸の小規模な一間社隅木入春日造で また注目すべき点として、全体

的に極彩色に飾られた社殿、正面上部の雲龍や欄間の透かしなど その中でも、向拝柱(前方の庇を支え

る柱)の丈夫の組物や彫りの技法は他に見られない珍しいものです

縁・廊

脇障子がある 高欄付き縁三方向

向拝

組物の構成バランスがすばらしい

特長

向拝柱上部の組み物や、彫りの技法は、他に見られない珍しいものです。

修理

昭和617月より、18ヶ月を要して解体保存修理

往時を偲ぶ(確証は?)建物として再現。

文化庁

南都大工の手になる。縋破風を内寄りに取り付けたり、組物の横への拡がりを多くして下に彫刻入りの持ち送りをつけるなど庇廻りに技巧をこらし、室町時代後期の特色をよく現わす。室町後期から桃山時代への移行を知ることができるものとして、極めて貴重である。




 六條八幡神(ろくじょうはちまん)

所在地

神戸市北区山田町中字宮ノ片57

環境

旧山田村13箇村の総鎮守 ひなびた山里にあるが、参詣の方が多く信心を感じる。

由緒

<説ー1>平安時代中期の長徳元年(995年)、防国の僧、基灯が八幡三神を祀る宝殿を建てた

<説ー2>為義(頼朝)の祖父で京都六条に住んでいたことから六条判官と呼ばれた)が保安4年(1123年)に山田の領主となった頃

<説ー3>平家滅亡の文治元年(1185年)に源頼朝が保元の乱で処刑された祖父源為義のために京都六条の旧為義邸に左女牛八幡宮を建立し、その2年後に丹生山田の地を左女牛八幡宮の社領地にした

平安時代に石清水八幡宮の分霊・六條左女牛八幡を勧請してここに合祀して 神仏混淆のお寺となった

祭神

八幡大神應神天皇

創建

伝長徳元年(995年)基灯法師の創建

社格

旧郷社

総鎮守社

神事

鏑馬神事(10月第2日曜日)市無形文化財 

厄除け大祭

文化財

三重塔   境内にあった神宮寺、円融寺の塔

リンク

Wiki      j-g  


  a5六条八幡宮7   a5六条八幡宮1  
      八幡宮境内                   説明板

建築名

 三重塔

指定

重文

建立

文正元年 1466年

指定

大正3年4月17

形状

 木造 塔婆  高さ 19.1m 

建立者

この地の有力者 鷲尾綱貞

附棟札3枚棟札

平面

三間三間

屋根

上層になる程小さくなる形

葺材

桧皮葺

組物

三手先

壁・扉

中央間板唐戸、脇間連子窓

縁・廊

高欄のない縁

層飾り

細縁勾欄

垂木

二軒繁垂木

中備

撥束(ばちづか)

特長

軒反りが強く、軒や垂木の配列が美しい姿

修理

平成14年(2002年)屋根大規模修復

本殿

能舞台

本殿  三間社流造、銅板葺。貞享5年の再建。神戸市指定文化財

能舞台(神戸市指定文化財)

薬師堂 基灯創建の円融寺の遺構


 

    a5六条八幡宮2  a5六条八幡宮4 
     三重塔全景  相輪が少し低い      上に向かい平面が小さくなる


  a5六条八幡宮6  a5六条八幡宮5
  軒の反り  秀麗                        三手先の組物  

   

 若王子神社   (にゃくおうじ )

所在地

神戸市北区山田町福地100

078-581-0250 

環境

 無動寺の鎮守社 無動寺の境内の西側、一段高い所に鎮座する神社

由緒

推古天皇の時代、聖徳太子が物部氏を征伐されるとき、戦勝祈願のために大日如来と諸尊像を造立せられたのが縁起

無動寺の境内の西側、一段高い所に鎮座する神社です。明治初年までは無動寺の鎮守社で、若王子権現と呼ばれていましたが、神仏分離令によって、無動寺から分離しました

祭神

不明

創建

不明

社格

鎮守社

神事

不明

文化財

無動寺の重文

大日如来坐像 平安中期(高さ2.8m)

 釈迦如来坐像 平安中期

 阿弥陀如来坐像 平安中期

 不動明王坐像 平安後期

 十一面観音立像 平安中期

リンク

 j-g

 

無動寺

Hp  wiki

仏像は収蔵庫(有料)



建築名

 本殿

指定

重文

建立

応永5年(1408)

指定

大正3417

形状

 三間社流造 

様式

覆屋内  外観の拝観、鑑賞は可能です

平面

 三面二間

屋根

 

葺材

竪板葺

妻面

 豕扠首  猪ノ目懸魚

飾り

 手挾の彫刻も精巧

組物

 三つ斗

壁・扉

 横板張り

柱・縁

 母屋 柱丸柱 高欄付き縁三方向

正面

 

特長

 千木、鰹木はない  素木造

修理

昭和39年に解体修理

文化庁

三間社流造の小さな社殿ですが、屋根には竪板葺を残し、手挾の彫刻も精巧です。覆屋内にあることから、保存状態も良く、当時の特徴をよく伝え、室町前期の建築技法を知る上で貴重な社殿です。




 春日神社

所在地

 篠山市黒岡75

 TEL 079-506-1535

環境

 春日神社は,篠山城の北約350mの地にある

由緒

春日神社は、867年、奈良の春日神社の分霊を今の篠山城跡に勧請

春日神社の境内にあり、能楽愛好者として知られた篠山藩第13代藩主・青山忠良が寄進建立したもの

祭神

不明 地元「おかすがさん」と呼ばれる氏神

創建

 

社格

不明

祭り

■1月1日 翁奉納。午前0時過ぎより

■4月上旬 春日能。

■10月第3土・日 秋の祭礼。

文化財

能舞台

リンク

  Wiki  J-g


      a5春日神社能舞台1

建築名

 能舞台

指定

重文

建立

文久元年(1861

指定

20035月30

形状

 舞台、橋掛、鏡の間及び楽屋よりなる

様式

妻入り

平面

 桁行5.9m、梁間5.9m

屋根

入母屋造

葺材

桟瓦葺

構成

刎高欄付の脇座 東に後座 橋掛は両下造,

鏡の間及び楽屋は切妻造 南側が一室の鏡の間,北側二階建楽屋

橋掛

桁行9.8m、梁間2.7m、

一重、両下造、桟瓦葺

 

建築は稲山嘉七、永井理兵衛、舞台背景に描かれた松の絵は松岡曾右衛門によるもので、当時箱根以西において最も立派なものであると称えられた。

文化庁

春日神社能舞台は,正統的な格式に加え,床下に音響施設の大甕を具備した構成になり,西日本でも屈指の近世能舞台として,高い価値がある。

 造営の経緯、大工、絵師などが明らかとなる歴史史料,舞台用装置などが残ることも重要で,地方における近世芸能文化の展開を知る上で,貴重な遺構といえる。 


  a5春日神社能舞台3  a5春日神社能舞台2  
       能舞台 全景                  隙間から内部を     

 名草神社 (なぐさじんじゃ)

所在地

養父市八鹿町石原1755-6  

環境

養父市と美方郡の境にある妙見山(標高1139m)の中腹(標高800m)妙見杉の巨木林の中に鎮座する

名草神社参道の前参道の坂道の奥に朱色に輝く三重塔杉の木立の合間から見え

由緒

敏達天皇当時、悪疫が流行し、多くの民が苦しんでいた。 紀伊国名草郡出身の養父郡司・高野直夫幡彦がそのことに憐れんで、敏達天皇14年(585年)、 故郷の祖神を石原山(妙見山)に祀ったのを創祀としているという。 

麓の石原集落にある日光院(高野山真言宗)との関係が深い。近世以前は但馬妙見と呼ばれ、妙見(北辰、北斗)信仰の霊地として日本三大妙見の一に数えられた。「名草神社」の社号は明治の神仏分離以降のものである

祭神

主祭神:名草彦大神

副祭神天御中主神・高皇霊産神・神皇霊産神・五十猛神・大屋津姫神・柧津姫神

創建

古くは妙見社と称して、近世の但馬地方における妙見信仰の拠点として栄えました

社格

式内小社、県社

祭り

7月18日

文化財

本殿 拝殿 三重塔

リンク

Wiki       市1 市2 狛犬

 

猿尾滝 - 境内から望むことができる

妙見の大スギ・樹幹

 



建築名

三重塔

指定

重文

建立

大永7年1527年

指定

明治37年2月

形状

高さ23.9m

移築

寛文5年1665年

平面

三間三層

屋根

二軒繁垂木

葺材

柿葺

破風

中央間蟇股 脇間蓑束

飾り

三重塔の最上部の軒下四猿珍しい彫刻

組物

三手先  力士の彫刻

壁・扉

中央間板唐戸、脇間連子窓

柱・縁

高欄(擬宝珠と逆蓮弁の併用)を付した縁

正面

木階は蹴込み。木階の高欄は逆蓮弁

特長

室町時代の大永7年(1527年)に出雲国主尼子経久の願いにより杵築大社(出雲大社)の境内にて建立された塔婆であったので、「杵築の塔」とも呼ばれる。江戸時代寛文年間に行われた出雲大社本殿造営に際して当社の神木妙見杉を部材に提供した御礼として、出雲大社から譲られたという由緒があり、当社へは寛文5年(1665年)3月に移建された。日本一高所(標高760m)に在る三重塔である。

内務省

明治の

指定文

三間三層塔婆、屋根柿葺。尼子経久出雲大社の境内に此の三重塔を建立し、大永五年柱立、四ケ年を経て落成す。後寛文五年三月同社より此の塔を当社ヘ寄進移築す。構造手法より足利時代中期をあらわし、頭貫鼻、間斗束の手法甚珍奇にして蟇股内の彫刻、亦見るに足れり

修理

三重塔大雪破損(昭和59年2月)

三重塔解体修理(昭和62年10月)
   部分修理(平成3~4年)



建築名

本殿

指定

重文

建立

宝暦4年1754年

指定

平成22年指定、

形状

 

様式

千鳥破風付

平面

桁行9間(17.6m)、梁間5間(9.0m)

屋根

入母屋造

葺材

 

破風

千鳥破風・波兎の蟇股

飾り

 

組物

出三斗 実肘木 軒支輪

壁・扉

 

柱・縁

 

正面

向拝3間  二軒繁垂木

 

正面の向拝廻りは意匠を凝らしており、華やかな彫刻が用いられ、躍動感のある構成となっています

特異な平面と空間構成を持つ大型社殿であり、豊かな彫刻や色彩で飾られ、但馬地方における先駆的な装飾を持つ神社建築として貴重です。また本殿とともに残る拝殿は、割拝殿形式の希少な遺構であり、高い価値を有しています。

特長

口を手でおさえた獅子には、失言をして思わず口を押さえたような表情があります。耳をおさえた獅子には、頭を横にひねって苦笑いをしているような表情があります。
 向かいあった一対の夫婦獅子には、前かがみになって飛びかかる姿と、急に立ち止まって振り返った姿が描かれており、豊かな表情と俊敏な動きが表現されています。龍の彫刻は、向拝1カ所と木鼻2カ所にあります。
 多くの豪華な彫刻が作られているだけでなく、全国に認められる妙見社の中でも特異な平面構成を示す大型の神社建築として特筆されます。



建築名

拝殿

指定

重文

建立

元禄2年 1689年

指定

平成22年

形状

懸造

様式

割拝殿形式

平面

桁行5間(11.7m)、梁間2間(5.2m)

屋根

入母屋造

葺材

杮葺

彫刻

中国の神仙彫刻がみられます。通路上の蟇股の彫刻には、滝の水流の前にいる老人と牛が描かれています。

飾り

 

壁・扉

花頭窓

懸造

石垣から前方に縁を張り出し、高さ3.5mの柱で石垣の下から縁床を支えている

特長

下から見上げると石垣の上に立つ威圧的な景観をしていますが、本殿側からみると細長い優美な優しい姿をした建造物です

特長

江戸時代中期の代表的な割拝殿

修理




 西宮神社 (にしのみやじんじゃ)

所在地

 兵庫県西宮市社家町1番17号 

環境

日本に約3500社ある、えびす神社の総本社(名称:「えびす宮総本社」)である。

由緒

戎(えびす)の名は平安時代後期には 文献に度々記載されています。古社廣田神社の浜南宮の内に鎮座したえびす大神は、漁業の神として信仰されていましたが、この西宮は西国街道の宿場町としても開け、市が立ち、やがて市の神、そして商売繁盛の神様として、灘五郷の一つ西宮郷の銘酒と共に、隆盛を極めるようになります

祭神

えびす大神(西宮大神・蛭児命第一殿主祭神。

天照大御神 - 第二殿

大国主大神 - 第二殿

須佐之男大神 - 第三殿

創建

創建時期は不明だが、延喜式内社の「大国主西神社」に同定する説がある。

社格

県社・別表神社

祭り

十日戎 毎年1月10日前後の3日間

おこしや祭  誓文祭  9月22日 

文化財

大練塀  表大門
昭和61~62年屋根葺き替え、部分修理
平成7~8年 半解体修理、解体修理

リンク

Hp  wiki  J-g

本殿

 昭和、三連春日造の国宝本殿は戦火にあったが、昭和36年にその通り素木造で復元

境内 えびすの森 は兵庫県指定の天然記念物



建築名

大練塀

指定

重文

建立

室町時代初期再建

指定

1938.07.04

形状

 全長247m    表大門の北 

折曲り延長68.5m、築地塀、北門

平面

日本最古の築地塀、日本三練塀の一つ

屋根

切妻

葺材

本瓦葺

特長

名古屋・熱田神宮の信長塀、京都・三十三間堂の太閤塀と共に日本三大練塀


建築名

表大門

指定

重文

建立

 桃山 

指定

1926.04.19

形状

 四脚門

 屋根

 切妻像

葺材

本瓦葺 

有形

文化財

嘉永橋   江戸/1848 石造桁橋、    橋長6.0m、幅員1.8m、袖高欄付

瑞寶橋   明治/1907/1922改修   石造桁橋、橋長5.5m幅員2.5m、袖高欄 




 酒垂神(さかたれじんじゃ)

所在地

豊岡市法花寺字長楽寺725-1

0796-32-2494

環境

円山川の支流である鎌谷川が形成した谷の平坦部東端、京都府京丹後市久美浜町へ通じる峠の口に位置し、境内は同府京都市右京区高雄から紅葉を移植し、社前を流れる鎌谷川を高雄の清滝川に見立てており、紅葉の名所として知られている

由緒

白鳳3年(675年)の夏に当地を治めていた物部韓国連久々比命という郡司が贄田(神供用の稲を穫る田)に酒造所を造り、酒解子神、大解子神、子解子神の酒造3神を祀って神酒を醸造し、これを祖神に供えて五穀豊穣を祈願したのが創祀であるとするが、この社伝は『国司文書』に依るもので信憑性に疑問があるため、不明とする外ない

祭神

酒美津男命・酒美津女命

創建

不明     別名 大蔵(倉)大明神

社格

式内小社・旧村社

祭り

10月15日 

神輿が獅子舞等を供奉して御旅所まで巡幸

文化財

本殿

リンク

Wiki J-g



建築名

  本殿

指定

重文

建立

文安元年1444年

指定

昭和33年1958

形状

一間社流造

様式

本殿覆屋

平面

正面階段の下に浜縁(浜床)

屋根

 

葺材

杮葺

破風

妻飾りの下端を窄め上端には形の崩れた木鼻を付けた大瓶束

蟇股

葉飾の軸を脚の下部から出す

組物

軒下の出三斗

壁・扉

幣軸付の板扉 引違いの格子戸

柱・縁

3方に高欄付きの縁 脇障子

向拝

中備えの蟇股の横に、転法輪の周囲に亀甲形を配した透彫の琵琶板を付ける点も珍しい

特長

小規模であるが一間社としては大きい方で意匠的にも大柄な木柄

修理

昭和44年解体修理




10

  嶋神社  (なかしまじんじゃ)

所在地

豊岡市三宅1

0796-27-0013

環境

「菓祖・菓子の神」として製菓業者の崇敬を受け、日本各地に分社がある。

円山川にかかる円山大橋を渡り、703号線を東へ進むと、突き当りに大きな境内があり、朱の大鳥居が建っている。鳥居の向き(境内の向き)は南向き。境内は広く、綺麗に整備されている

由緒

推古天皇15年(606年)、田道間守命の7世の子孫である三宅吉士が、祖神として田道間守命を祀ったのに創まるといい、「中嶋」という社名は、田道間守命の墓が垂仁天皇陵の池の中に島のように浮かんでいるからという

祭神

田道間守命

創建

伝推古天皇15年(606年)

社格

式内小社・旧県社

祭り

4月第3日曜日 菓子祭とも橘花祭

文化財

本殿

リンク

wiki 玄松子



建築名

 本殿

指定

重文

再建立

正長元年(1428年

指定

明治451912

形状

二間社流造 桧皮葺

様式

 

 

詳細不明     平成20~21年 屋根葺き替え、部分修理




11

  久久比神社 (くくひじんじゃ)

所在地

豊岡市下宮318-2

環境

円山川を東へ渡り、178号線と312号線が合流するあたり。少し北へ入った場所に南向きの境内

由緒

木の神 久久能智命を奉祀した式内社であるが、神 社の創立年代は詳らかではない。

昔より鵠(くくい:コウノトリの 古称)村と言われていたように、 古来より国の特別天然記念物 「コウノトリ」が数多く大空を 舞っていた地域であり、日本書紀に よれば天湯河拳命がこの地で 「コウノトリ」を捕まえたと言う説が伝わる

祭神

久久能智神 くくのちのかみ 「鵠くぐい」

創建

室町時代

社格

式内小社、村社

祭り

 

 

コウノトリ伝説が在る

リンク

Wiki J-g



建築名

  本殿

指定

重文

建立

永正4年1507年

指定

 

形状

三間社流造 杮葺

様式

 

特長

構造細部技法・絵様刳型等も室町時代 中期の代表的様式

修理

昭和四十六年一月から翌三月までかけて

大掛かりな解体修理

 

特に蟇股の彫刻がすぐれ東西両側の正面よりの蟇股には三つの蕊の桐が彫刻 されている。さらに斗・肘木・龍鳳象獅の彫刻など他に比類なく、 その道の推賞のまとである

 

詳細不明  昭和45~46年  解体修理  平成12年 屋根 葺き替え



12

日出神社   ひいでじんじゃ

所在地

豊岡市但東町畑山329

環境

境内には恒良親王が幽閉された跡がある

由緒

但馬神話では出石を中心とする但馬地方を開いた天日槍四世の多遅摩比多詞を祀っている

祭神

多遅摩比多訶(たじまひだか)

創建

 

社格

延喜式但馬国出石郡小社 式内社 旧村社 

祭り

 

文化財

 

リンク

J-g  文化


建築名

 本殿

指定

重文

建立

室町時代後期

指定

19700617

形状

三間社流造  見世棚造風

様式

 

平面

内・外陣に区画されており、外陣正面開放

屋根

千木等無し

葺材

杮葺

破風

豕叉首  猪目懸魚は輪郭に火焔形の尖頭

組物

母屋は舟肘木  中備には蟇股

柱・縁

円柱  二軒本繁垂木

正面

幣軸構で板扉   庇 出三つ斗に手挟

特長

 

修理

2013年10月屋根修理

解体

修理

解体修理は昭和48年10月に着手し、翌昭和49年11月に工事を完了している。構造様式は旧規を踏襲し、後世改変された箇所は資料にもとづいて復旧し、覆屋も撤去して当初の姿に修復された。



13

 若宮八幡宮  わかみや

所在地

加東市黒谷275

環境

東条湖ランドに向かう途中の黒谷の集落に鎮座しています。 黒谷若宮八幡宮

由緒

不明

祭神

誉田別尊

創建

不明

社格

不明

祭り

不明

文化財

  本殿

リンク

 J-g 


建築名

 本殿

指定

重文

建立

永禄7(1564)

指定

昭和37年6月

形状

三間社流造

様式

正面軒唐破風付

平面

身舎側面2間     正面 唐破風3間

屋根

千木、鰹木4本

葺材

杮葺

組物

出三つ斗  妻面二重虹梁大瓶束

彫刻

木鼻、手挟、など素晴らしい彫刻がある

柱・縁

 

正面

 

特長

軒唐破風の茨垂木を身舎正面まで引き込んだ類例の少ない形式

修理

 平成20年 屋根葺き替え

文化庁

 三間社流造で室町時代末期神社本殿のうち、地方的特色をもつ年紀の明らかな一遺構である。 




14

 住吉神社

所在地

加東市上鴨川571

0795-47-1394 

環境

集落から1キロほど離れた小山の上にひっそりとたたずむ。34段の石段の先に、こぢんまりとした境内

境内は本殿、割拝殿、長床、舞殿が前庭を挟んで配されており、古い神社形式を留めている

神事舞

神楽舞は鎌倉時代の田楽に起源を持ち、700年以上もの間大切に伝承されてきた。太刀舞、獅子舞が奉納される 国の重要無形民俗文化財。

祭神

住吉三神、息長足姫命

創建

不明     上鴨川住吉神社とも呼ぶ

社格

式内小社、村社 

祭り

神事舞(10月第一土日)国指定重要無形文化財

文化財

県文化

本殿

神事舞で使用される能面で12面が現存

リンク

wiki J-g  巡礼 神社(神事詳細)



建築名

  本殿

指定

重文

再建

明応2年(1493年

指定

昭和35年1960

形状

三間社流造

建立

再建

鎌倉時代末期の正和5年(1316年)に最初の建造がなされ、室町時代中期の永享6年(1434年)再建

平面

三間二間

屋根

平成20年 葺替 

葺材

檜皮葺

破風

出三斗 庇両端の繁梁が海老虹梁形

修理

昭和45年12月に解体復元修理

特長

細部の手法もすぐれており、ことに向拝(こうはい)の手挟(たばさみ)は美しく、輪郭も力強く、葉飾りの彫刻意匠はすばらしい。向拝など一部に後補はあるが、妻飾り・つなぎ虹梁・内陣まわりなどは、室町時代中期の特徴をよくとどめている。





 兵庫県の神社建築  28件中半分の記載です。続けてご覧ください。


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30年続く寺社めぐりのメンバーです
<TIAS>グループ名称
Improvement of a spirit boundary
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