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寺社建築文化財の探訪<TIAS>

寺社建築の起源と変遷、文化財の諸問題を探訪しています。 又文化財拝観資料も記載しています。
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カテゴリー  [ 2-1 日本建築史学の歴史 ]

日本の建築史学の発展経過を探訪します。

2-1日本建築史学の歴史

 

2-1

 日本建築史学の歴史   日本建築史(学)の確立までの歴史を探訪 

 

   

  a11和様組物ー善水寺  

 


1)

 日本建築史学の特徴

 

 

1、建築史学の特徴

   日本の建築史は、他の文化的歴史と異なる特徴があります。

 

1)日本建築史=寺社建築の歴史 

 建築史の対象は寺社建造物が主で、古社寺保存法(明治30年制定)で特別保護建造物44件 
(京都府内23件、大阪府1件、奈良県18件、滋賀県2件)の指定から始まり、近代まで
 「日本建築史は寺社建築の歴史」で、寺社以外の住宅、城郭等は含まれていませんでした。


 「顕著な普遍的価値」を有するのはまずは関西の寺社建築とするのは必然だったと思われます。

 寺社以外では民家の文化財指定が戦前に僅か2件でしたが、1960年以降になって指定件数が
 増加し
ました。
 同時に建造物全体の調査研究も進捗し始め、建築史の対象が拡大したのは近年のことです。

 

2)建築史学=細部の様式理論

 2点目は建築史の基幹である建立年代等の比定は「建築部材細部の様式理論」が主流な点です。

 昭和4年に国宝保存法が制定され、国宝建造物845件 1,081棟が指定されたました。

 その国宝の評価にその様式理論が適用されています。その理論は、確立した「関野貞」
 (昭和10年没)が人生を賭
した多大な調査研究によるもので、日本建築史の学問としての
 基盤となっています。

 

 年代判定の確固たる確証がなくても年代を比定でき、素人にも理解し易いこの様式理論は、現代
 でも
古建築ファンのバイブルとも言えるものです。(川勝政太郎著:古建築入門)

 

3)他の歴史学との対比 

 しかし、その建造物の建立前後の歴史的記述、建造物のその形状に至る過程、大工、彫刻家を
 含めた
技術的歴史などについては言及が少ない点は、他の文化的歴史学と異なるようです。

 

 仏像の歴史なら外観様式だけではなく、作者、発願人、製作に至る理由、時代背景、制作技法
 等、
広範囲に調査研究されています。

 考古学においては、原子物理学、化学、地質学、土壌学、動物学、
植物学、古生物学、建築学、
 人口統計学、冶金学、社会学、地理学、民俗学、文献学など幅広い分野
の専門的知識、情報と
 その
確証に基づいた論議がされています。

 

 建築史は建造物のみに特化し、考古学との連携、美術史等の共生の調査研究報告はあまり見受
 けられ
ません。俗に言う「オタク」的な学問なのかもしれません。

 

4)建築史の研究範囲

 明治(近代)時代以前と以降では、建築形式が大きく異なるのに文化財関連の評価、指定基準が
 同じ基準で
あるても不可思議です。
 又、飛鳥時代以前の竪穴住居などに対するの建築史学としての研究は少なく、考古学に依
存して
 いるようです。この様に、文化的通史として未だ骨格が定まらず、曖昧な学問とも言えます。

 

 明治時代以降の文化財の評価は、それ以前の寺社主体の基準と異なる無いようで設定すべきであ
 り、
地面から下層の調査研究は考古学の範疇でも良いですが、地上は建築史学が主体性を発揮し
 日本最古
の建築の調査研究を行うのは必然だと思います。

 

 その点に気づかれ最近は、考古学の先生からクレームの付きそうな建築考古学と呼称する学
 問を
提唱する建築史の先生がおられるようです。

 

5)文化財保護への逆風

 明治時代以降、文化財の危機が数回訪れています。

 

・明治維新後の廃仏毀釈の嵐、殖産興業の政策による文化財の転売・海外流出

・大正までの西欧文化の隆盛による社寺の荒廃、更に近代化に伴う国土開発による文化財の破壊

・昭和初年の経済不況による大名等旧家所蔵等、個人所有の文化財の散逸・海外流出

・第二次世界大戦後の経済混乱、復興事業による文化財の転売・海外流出    

 

これらの危機に対し先達の尽力により建築史学がどのように発展してきたのか、次に探訪します。

 

 

 

2、建築史学の年表

明治時代に入ってからの建造物の調査、保護活動、法整備の変遷などを年表にまとめてみました。

 

                表ー1 近代の文化財関連年表

西暦

年号

 文化財関連の出来事

 

1868

慶応4

神仏分離令太政官布告

廃仏毀釈の始まり

1871

明治4年

古器旧物保存方の太政官布告

廃仏毀釈の反省

1872

明治5年

近畿東海地方、古社寺調査【壬申検査】

町田久成、蜷川式胤等が調査

 

 

 東京の図書寮付属博物館の設立

(興福寺廃寺 正倉院開封)

1874

明治7年

古墳発見ノ節届出方

(内山永久寺廃寺)

1879

明治12

寺社明細帳、宝物目録帳作成

 

1880

明治13年

人民私有地内古墳等発見ノ節届出方

第1回観古美術会開催政府主催

1882

明治15年

近畿社寺宝物調査

九鬼隆一、岡倉天心等が調査

 

 

英国:古代記念物保護法の制定

明治16年興福寺堂塔 再興保存

1884

明治17年

文部省令:京阪地方古社寺調査 岡倉天

フェノロサ加納鉄哉等が調査

 

 

仏国:歴史的建造物の保護に関する法律

(法隆寺夢殿 救世観音開扉)

1886

明治19

文部省令:奈良地方古社寺調査 岡倉天心

フェノロサ藤田文蔵等が調査

1888

明治21年

近畿地方宝物調査(政府の組織的調査)

九鬼隆一 岡倉天心等

 20名の調査団

 

 

臨時全国宝物取調局設置(九鬼隆一)

10年間設置  岡倉天心取調掛

1889

明治22

  帝国博物館に改める

東京美術学校が開校

1895

明治28年

帝国奈良博物館の開館

日清戦争

1896

明治29年

古社寺保存会の設置(会長九鬼隆一)

伊東忠太

「古建築を保存すべし」発言

 

 

関野貞委員伊東忠太から、奈良の修理事業責任者に推され奈良県に赴任

1897

明治30年

古社寺保存法の制定 国宝155件指定

特別保護建造物 44件指定

 

 

 古社寺保存会の諮詢を受けて特別保護建造物または国宝を指定

 

 

 帝国京都博物館の開館

 

1899

明治32年

遺失物法(出土遺物)制定

新薬師寺、薬師寺、法起寺等修理

 

 

古社寺保存会

大宰府、大阪、九州琉球調査

岡倉天心 高村光雲

1900

明治33

古社寺保存会調査: 岐阜県

岡倉天心

1901

明治34年

古社寺保存会調査: 京都・奈良  

関野貞奈良の古建築調査5年間

 

 

史蹟名勝天然紀念物保存協会の設立

 

1902

明治35年

古社寺保存会調査:

京都奈良、山形、宮城、福島、栃木

六角紫水等 岡倉天心同行せず

1903

明治36年

古社寺保存会調査:

鳥取 島根 山口 千葉 茨城県

岡倉天心、六角紫水

1913

大正2年

岡倉 天心 

天沼 俊一奈良古社寺修理技師

1919

大正8年

史蹟名勝天然紀念物保存法の制定

 

1929

昭和4年

国宝保存法の制定 宝物類3,704件指定

      造物845件 1,081棟

絵画754件、彫刻1,856件、

書跡479件工芸347件刀剣268件

1930

昭和5年

台湾:古物保存法

 

1933

昭和8年

重要美術品等ノ保存ニ関スル法律の制定

認定件数は約8,200件急増

1935

昭和10年

関野貞  

 

1947

昭和22年

天沼俊一 

 

1949

昭和24年

法隆寺金堂壁画が失火により焼損

 

1950

昭和25年

文化財保護法の成立

文化遺産保護制度の総合立法

 

 

 国宝保存法と史蹟名勝天然紀念物保存法は廃止

 

 

 美術工芸品5,824件、建造物1,059件が新制度に移行した

1954

昭和29年

伊東 忠太 

 

1955

昭和30年

ドイツ:文化財の国外流出防止に関する法律

1966

昭和41年

アメリカ:国家歴史保護法

 

1968

昭和43年

文化庁の設立

 

1972

昭和47年

世界遺産条約 1975制定 日本加盟せず

 

1975

昭和50年

重要伝統的建造物群保存地区

 

1982

昭和57年

中国:文物保護法

 

1992

平成4年

日本が世界遺産条約の批准

 

1994

平成6年

世界遺産 奈良ドキュメント採択

 

1996

平成8年

登録有形文化財の制度の導入

 

2008

平成20年

地域における歴史的風致の維持及び向上に関する法律

2011

平成23年

歴史文化基本構想 (地方公共団体の文化財保護行政の促進)

 

上記、年表から考察してみました。

 

① 日本建築史学の確立
  古社寺の建築史は明治30年古社寺保存法の制定以降、部材様式理論などの年代判定を可能
  にす
る調査研究が開花し「古社寺保存法」が昭和4年に制定されるまでの期間に確立されたと
  言えます。(明治30年から昭和4年の間に建築史学として確立された)


② 調査場所の件数と範囲

京都奈良、滋賀、和歌山、兵庫、大阪、九州全域、琉球、岐阜山形、宮城、福島、栃木
  鳥取、
島根 山口 千葉 茨城」を古社寺保存会調査が調査した、という記録はありますが、
  四国、中国、
中部の一部は未確認です。

  又、明治30年特別保護建造物の44件指定から「古社寺保存法」が昭和4年制定され、国宝
  建
物845件の指定件数に増加されるわけですが、その調査、評価選定管理の状況は探訪でき
  ていません。

 明治30年頃に鉄道が各地で開通しましたが、調査に行く工程は時間を要したと想定されます。

③ 指定件数の推移

 

      表ー2 明治から昭和初期の文化財指定件数 5年ごと (文化庁国指定文化財DB)

指定年

明治30年

明治33年

明治38年

明治43年

大正3年

大正8年

大正15年

昭和5年

西暦

1897

1900

1905

1910

1915

1920

1925

1930

延件数

(44)

39

233

443

522

591

688

723

増加件数

 

 

194

210

79

69

97

35

 

5年間で200件を明治時代に評価指定しています。指定前に岡倉天心、六角紫水、関野貞等が、年間

 40件、月3~4件の文化財を各地方に出向き調査し、価値を評価してきたのでしょうか?

 明治33~36年の調査で確認できている地方②の評価は、可能だったかもしれません。

 

●当時は、調査方法、評価判定方法を彼等が確立しつつある時期で、標準化された基準、マニアルもな

 い状況での調査は、彼ら以外には不可能であったと思われます。

 彼ら以外の調査員が評価した場合、必然的に地域間格差、情報量の格差を生じ、更にその地域の行政、

 住民からの推薦圧力なども想定され、指定水準にばらつきが生じたこと推察されます。

 

●これらの調査記録等が探訪しきれていない環境ですので、推察の域を脱しないのが残念ですが、この

 点に現在の文化財管理の問題点の要因があるようです。

 

 

  日本の文化財の「Authenticity」「真正性」に係わる事項であり再評価が必要ではないでしょうか!

 

 

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30年続く寺社めぐりのメンバーです
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