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寺社建築と文化財の探訪<TIAS>

寺社建築の起源、歴史、文化財の紹介と文化財の問題点を探訪しています。 常時更新中です!
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最近の探訪  信州南部の旅-1  2015年10月

                                          20151010 

 

最近の探訪

  山梨~長野県南部の建造物文化財の探訪

 

 

中央アルプス、八ヶ岳の景観の眺めながらの、山梨、長野の国宝、重文を久々の拝観をしました。

最近、修理完了したばかりの国宝、重文の建造物と、山里の未訪問の寺院を探訪・・・素晴らしかったです。

 

昼食は、山梨のB級グルメの「もつ煮込み」、諏訪の蒸していない「鰻」、上田の寺院で「山菜料理」!

夕食は、八ヶ岳の野菜を中心の一軒家和食のレストラン、下諏訪の料理自慢の温泉旅館で・・・最高でした!

 

更に、甲州のワイナリーでのワインの試飲、サントリー白州蒸留所のウィスキー工場内の見学と白州の試飲を

し、更に更に、諏訪の銘酒「真澄」の蔵元での試飲など・・・・・盛りだくさんの工程でした。

 

 

 

 スケジュール

 

 

●  10月4日(日)

 

発時間

出発地

距離

所要

着時間

到着地

所要時間

 

 

08:30

武蔵境駅

90.3

90

10:00

大善寺

拝観30分

国宝

1

10:30

大善寺

6.9

20

10:50

清白寺

拝観20分

国宝

2

11:10

清白寺

2.8

10

11:20

大井俣窪神社

拝観30分

修理完了

3

11:50

大井俣窪八幡神社

7

10

12:00

川田奥藤第二分店

昼食40分

甲州名物

 

12:40

川田奥藤第二分店

6

10

12:50

甲斐 善光寺

拝観20分

重文

4

13:10

甲府甲斐善光寺

10

13:20

東光寺

拝観20分

重文

5

13:40

東光寺

30

70

14:50

白州蒸溜所 

予約60分

サントリー

 

16:00

白州蒸溜所

30

60

17:00

八ヶ岳 清泉寮

見学20分

アイス

 

17:20

清泉寮

15

20

17:40

三分一湧水

見学10分

日本百名水

 

17:50

三分一湧水

6

10

18:00

旬菜美酒 庫楽

夕食

和食

 

20:00

旬菜美酒 庫楽

12.3

20

20:20

八ヶ岳ロイヤルホテル

宿泊

 

 

 

サントリー白州蒸溜所 ウイスキー蒸溜所ガイドツアー 要予約

 

● 10月5日(月)

 

発時間

出発地

距離

所要

着時間

到着地

所要時間

 

 

08:00

ロイヤルホテル

23.4

40

08:40

乙事諏訪神社

拝観20分

重文

6

9:00

乙事諏訪神社

2

10

9:10

諏訪大社上社前宮

拝観20分

重文

7

9:30

諏訪大社上社前宮

5

20

9:50

諏訪大社上社本宮

拝観40分

 

8

10:30

諏訪大社上社本宮

6.0

10

10:40

酒蔵 真澄

見学20分

酒 試飲

 

11:00

酒蔵 真澄

3.1

20

11:20

うな藤

昼食60分

焼き鰻

 

12:20

うな藤

30.7

50

13:10

遠照寺釈迦堂

拝観30分

重文

9

13:40

遠照寺釈迦堂

31.6

50

14:30

光前寺弁天堂

拝観30分

重文庭園

10

15:00

光前寺弁天堂

50.2

40

15:40

諏訪大社下社春宮

拝観30分

重文

11

16:10

諏訪大社下社春宮

1.0

10

16:20

万治の石仏

拝観10分

 

12

16:30

万治の石仏

1.0

10

16:40

諏訪大社下社秋宮

拝観30分

重文

 

17:10

諏訪大社下社秋宮

1.0

10

17:20

聴泉閣かめや

 

 

                       

 

10月6日(火)

 

発時間

出発地

距離等

所要

着時間

到着地

所要時間

 

 

06:30

散歩

 

 

 

諏訪下社秋宮

60分

 

 

08:30

下諏訪 旅館

42.2

50

09:20

法住寺

拝観20分

重文

13

09:40

法住寺

10.2

20

10:00

前山寺

拝観20分

重文

14

10:20

前山寺

1.7

10

10:30

中禅寺

拝観20分

重文

15

10:50

中禅寺

5.1

15

11:05

安楽寺

拝観45分

国宝

16

12:00

安楽寺

0.5

5

12:05

常楽寺

拝観20分

重文

17

12:25

常楽寺

6.4

15

12:40

龍光院 昼食

昼食30分

蕎麦

 

13:10

龍光院

3.5

10

13:20

大法寺

拝観30分

国宝

18

13:50

大法寺

12.6

30

14:20

信濃国分寺

拝観20分

重文

19

14:40

信濃国分寺

2.7

10

14:50

JR上田駅

解散

 

  

     

   各日ごとに分割して記載しています。

 

 

 

 

 文化財の探訪

 

 

1、大善寺    甲州市勝沼町勝沼3559      0553-44-0027 

             創建 伝・養老2年(718年)開基  伝・行基

寺伝では養老2年(718年)、行基が甲斐国柏尾山の日川渓谷で修行した時に、夢の中に葡萄(甲州ぶどう)を持っ

た薬師如来が現われ、満願を果たし、葡萄を持った薬師如来像を建立したことが当寺の起源であるとされている。

甲州葡萄の始まりは行基が法薬として葡萄の栽培法を村人に教えたことであるともいわれている

 

大善寺は真言宗智山派に属し、古くは柏尾寺、柏尾山寺などと称した古刹である。

付近の白山山中から発見された康和五年(1103年)の銅製経筒(国重要文化財)の刻銘に「柏尾山寺往生院」と見

えるのが資料の初見。創建以来の伽藍は善美をつくしたと伝えるが、焼失すること数回に及ぶという。

 

 

1

 本堂  国宝

建立

弘安9年 1286年

指定年

昭和30.06.22

建築様式

寄棟造  密教仏堂

再建

 

確証附

 

平面規模

 

屋根

檜皮葺

妻面

 

立面外観

:太い円柱深い軒の出

壁・窓

桟唐戸 連子窓

外周

切目縁

軒裏組物

二手先軒支輪二軒繁垂木

中備

間斗束

 

 

内陣

来迎壁の前面に仏壇を設け、本尊を納める厨子を安置

大虹梁など、独特の様式をもつ繰形をつけた肘木や挙鼻を用いて特色を見せる

特長

大棟(台形の上辺に当たる部分)が極端に短いのが特色である

堂内の厨子は堂よりやや遅れて文和4年(1355年)の作。

鎌倉時代の密教本堂の代表例であり、伝統的な和様の手法による和様建築の重要な遺構で

ある。また山梨県最古の建物として知られる

 

ポイント

流麗な線を 持つ檜皮葺きの屋根

修理履歴

昭和29年12月に解体復元修補  平成13~15年 屋根葺替・部分修理

文化庁

解説文:弘安九年(1285)の建立で、規模大きく、東日本における和様の代表作   

 

県解説文

 

大善寺は真言宗智山派に属し、古くは柏尾寺、柏尾山寺などと称した古刹である。 

現在の本堂は、火災後の再建によるもので、正応三年(1290年)に落成をみた。

 本堂の規模は、桁行・梁間とも五間で、寄棟造の大屋根をあげて桧皮葺とし、堂の周囲

に切目縁をめぐらす。

 この本堂は鎌倉時代の密教本堂の代表例であり、伝統的な和様建築の重要な遺構であ

り、本県最古の建物として知られる。

 

 

    9-2 大善寺ー1 151028      9-2 大善寺ー3 151028

       9-2 大善寺ー2 151028       9-2 大善寺ー4 151028

※ 今回の訪問は、山梨の国宝建築を再度探訪することが目的?(本当はグルメだが)

  本堂の内部で、寺の方から、説明があり、厨子、仏像を併せ拝観ができました。

    流麗な檜皮葺きの屋根を鑑賞し、和様の建築を満喫しました。

 

 

2、清白寺       山梨市三ケ所620     0553-22-0829

               創建  正慶2年(1333年)開基 足利尊氏

貞和5年(1349年)に浄居寺住職の友山が当寺を訪れた際に詠んだ漢詩や絶海中津の漢詩からも夢窓との関係が窺

える。嘉慶元年(1387年)には鎌倉円覚寺の勧進に奉加している。

 

室町時代には関東夢窓派の中心寺院となった鎌倉建長寺末だったが、江戸時代初期ごろに妙心寺末となった。

天和2年(1682年)の火災で仏殿を除きほとんどの堂宇が焼失し、その直後から総門の完成する享保16年(1731

年)まで再建工事が行われた。

 

1

  仏殿  国宝

建立

応永22年 1415

指定年

昭和30年6月22日

建築様式

入母屋造

再建

 

確証附

なし

平面規模

方三間  裳階

屋根

檜皮葺

妻面

 

立面外観

石積基壇

礎盤粽円柱

壁・窓

花狭間桟唐戸

縦羽目板張

外周

 

軒裏組物

扇垂木  出組

中備

詰組

 

石組基段

裳階部

平行疎垂木 三斗 弓欄間 木鼻禅宗様  花頭窓:10ヶ所 裾が広がっていない

内陣

文様彩色と丁寧な漆塗 鏡天井 漆喰で固めた土間床

リンク

 

特長

大規模仏殿に用いられる意匠をそのまま小型化した建築

同様の形式をもつものの中で最小規模でありながら、内部に文様彩色と丁寧な漆塗が施さ

れている点は他に例がない。

 

正統的な禅宗様仏殿といわれる円覚寺舎利殿(神奈川県)や正福寺地蔵堂(東京都)と比

較すると、その規模もやや小さく、手法も簡素となって時代による変化があらわれ、地蔵

堂より少し後れた頃の建築とされる。

ポイント

天和2年(1682)の寺院火災にも災いをまぬがれ貴重な遺構

修理履歴

大正6年の解体修理 1958年  平成3~4年 屋根葺替

文化庁

解説文:正慶二年(1333)夢窓国師を開山。関東における禅宗建築の傑作。 

県解説文

 

清白寺は、臨済宗妙心寺派の寺院である。仏殿は、鎌倉時代に禅宗をともなって中国から

伝えられた新様式に基づく建築で、よく禅宗様の特色を示す

 

鎌倉から室町時代は、各地に禅宗寺院が盛んに建立されたが、その後衰退したため現存す

る遺構は極めて少なく、禅宗仏殿の古い様式を伝える一例として価値の高いものである。

 

   9-2 清白寺ー1 151028     9-2 清白寺ー3 151028  

  
        9-2 清白寺ー4 151028     9-2 清白寺ー2 151028

 ※ 山梨の国宝 大善寺と打って変わって、唐様仏殿の代表作 正福寺地蔵堂を少し小ぶりにした建築で素晴らし

   いが、いつも内部を見ることができない。内部公開日を調査し再訪問すべき!

 

2

  庫裏

建立

元禄2年~6年1689年~1693

指定年

平成17年7月22日

建築様式

切妻造

再建

 

確証附

なし

平面規模

桁行17.5m、梁間12.2m

屋根

茅葺

妻面

下記

立面外観

妻入  北面庇鉄板葺

壁・窓

 

外周

 

修理履歴

昭和53年全解体復元修理  平成3~4年 屋根葺替

文化庁

解説文

清白寺は甲府盆地東部にある臨済宗寺院で,正慶2年(1333)の創建と伝える。

南から,総門,鐘楼門,仏殿,本堂が一線上に建ち,本堂東に庫裏がある。

 天和2年(1682)の火災で,仏殿を残して堂塔が焼失した。現存する庫裏は,この火災

後,元禄2~6年(1689~1693)の間に再建されたと考えられる。

 

 南を正面とする切妻造,妻入,茅葺で,北面に下屋を設ける。平面は正面側に土間を設

け,床上は棟通りで東西に二分し,西側が客室部,東側が居室部になる。

 清白寺庫裏は,規模が大きく整然とした平面構成をもち,内部も瀟洒な座敷や豪放な架

構を現した土間廻りなど見るべきところがあり,高い価値がある。

 立面の意匠も優秀で,地方における江戸時代中期の禅宗寺院庫裏として,貴重な遺構と

いえる。

 

 

  9-2 清白寺庫裏ー1 151028   9-2 清白寺庫裏ー2 151028

 

3、窪八幡神社     山梨市北654     0553-33-6950 

                 創建  貞観元年(859年)

創建当初は大井俣神社と称していたが、後に現在の窪の地に移したため大井俣窪八幡神社、窪八幡神社といわれるよ

うになった。別当寺に普賢寺がある。

由緒に拠れば清和天皇の勅願により、貞観元年(859年)に宇佐八幡宮が勧請されたのが始まりといわれている。

当初は笛吹川の中島の大井俣の地に建立され、後に現在地に遷座した。

 

一帯は中世に八幡郷が成立。戦国期には甲斐国守護武田氏の崇敬を集め、現在の本殿は応永17年(1410年)に甲斐守

護武田信満が再建したものである。永正13年(1516年)には駿河国今川氏が甲斐西郡の国衆大井氏に加担し甲斐

国内に侵攻し、この際の兵火により社殿の多くを消失し、現存する建造物の多くはこの後に再建されたものが多い

 

   9-2 窪八幡ー2 151028

 

1

  本殿

建立

永正16 : 1519 

指定年

明治40年8月28日

建築様式

十一間社流造

再建

 

確証附

旧壁板

平面規模

 

屋根

桧皮葺

妻面

豕叉首

立面外観

正面約16m

壁・窓

正殿扉は金箔

外周

浜床

軒裏組物

打越飛檐一軒 背面二軒

中備

 

 

 

特長

武田信虎が再建した建物で、享禄4年(1531)信虎が修復、弘治3年(1557)信玄が川

中島合戦の戦勝祈願成就によって、御扉と金箔による豪華な壁画を奉納

ポイント

現存する日本最大の流造本殿、3間社流造りの3社が間に1間をおきそれぞれ横に連結

修理履歴

1957年  平成22~24年 屋根葺替・塗装修理

文化庁

解説文なし

県解説文

 

大井俣窪八幡神社は一般に窪八幡の名で知られる。社記によれば貞観元年(859)に大井俣神社と称し、中世には甲斐源氏一門 特に、武田氏代々の崇敬が篤かった。

 

本殿ほか9棟が重要文化財に、鐘楼ほか2棟が県有形文化財に指定されている。

本殿は連棟社殿と呼ばれる特異な形式になる。

神社建築の新機軸を出した類例の少ない室町時代の遺構であり、武田氏の文化の姿を現在

に留めるものとしても貴重である。

 

 

   9-2 窪八幡本殿ー1 151028    9-2 窪八幡本殿ー2 151028

   9-2 窪八幡本殿ー3 151028   9-2 窪八幡本殿ー4 151028
 

 

2

  拝殿

建立

弘治3 : 1557 

指定年

昭和24年2月18日

建築様式

切妻造

再建

 

確証附

鰐口

平面規模

桁行11間、梁間3間

屋根

桧皮葺

妻面

 

特長

左右が対称ではない点、床が低い点などは神社拝殿としては特異で、庁屋(現在でいう社務

所)として使用されていたと考えられます。

鰐口の表面には天文22年(1553)、裏面には弘治3年(1557)の刻銘があります。

修理履歴

1957年  平成22~24年 屋根葺替・塗装修理

文化庁

解説文

県解説文


拝殿は、11間社流造の本殿正面に、これに対応する間口11間の長大な外観で建っている。

現在の拝殿は弘治3年(1557)に建立されたとされる。

桁行11間、梁間3間。装飾的な細部を用いず簡潔な構造による素木造の美しさをみせる。

本殿建物にふさわしい対比の技法が示され、本殿と併せて室町時代における特異な社殿配

置であって、中世建築史上からみて貴重な遺構である。

 
   
   9-2 窪八幡拝殿本殿ー1 151028

 

3

摂社若宮八幡神社本殿 

建立

応永7年(1400)

指定年

昭和24年2月18日

建築様式

三間社流造

再建

 

確証附

なし

平面規模

 

屋根

桧皮葺

妻面

 

県解説文


若宮八幡神社は、本社祭神応神天皇の王子仁徳天皇を祀る。

武田信昌によって応永7年(1400)に建立され、以後代々の武田氏の崇敬をうけた。

本殿は本社正殿の北側に建つ。比較的簡素な社殿であるが、軸部の内部まで仕上げられた

円柱、幣軸構えの形式、脇障子を省略した縁、きわめて深く折れた破風の反りなど、多く

の古式な点が認められる。

大井俣窪八幡神社社殿の中では最も建築年代が古く、当初の姿及び特色がよく残されてい

る貴重な一例。

 

 

   9-2 窪八幡ー3 151028

 

4

摂社若宮八幡神社拝殿

建立

天文5年 1563

指定年

昭和24年2月18日

建築様式

入母屋造

再建

 

確証附

なし

平面規模

桁行4間、梁間3間

屋根

桧皮葺

妻面

 

修理履歴

1957年

県解説文


若宮本殿の正面に建つ。天文5年(1563)、武田信虎の建立とされる。

現在の拝殿はこのときの建立である。

桁行4間、梁間3間、桧皮葺。装飾的な細部が少なく、入母屋造の簡素な建物で、全体に均

整がとれており、落ち着いた外観をあらわしている。

 

   9-2 窪八幡ー4 151028

 

5

末社 武内大神本殿

建立

明応9年 1500

指定年

昭和24年2月18日

建築様式

間社流造

再建

 

確証附

なし

平面規模

 

屋根

桧皮葺

妻面

 

立面外観

素木造

壁・窓

 

外周

刎高欄

軒裏組物

 

中備

 

 

9段の木階

特長

木割は雄大でよく整い小規模の本殿建築の代表作といわれています

県解説文


武内大神社は、武内宿祢命を祀る大井間田久保八幡神社の末社である。

現在の本殿は明応9年(1500)に高良社とともに建立されたものと考えられる。

本社正殿の南側に建つ。

1間社流造、桧皮葺。全体に洗練された巧みな意匠がみられ、室町時代当初の形式手法をよ

く伝えており、当社盛時の末社建築を知る遺構として価値がある。

 

   9-2 窪八幡ー6 151028   

 

6

末社 高良神社本殿

建立

明応9年 1500

指定年

昭和24年2月18日

建築様式

間社隅木入春日造

再建

 

確証附

なし

平面規模

 

屋根

桧皮葺

妻面

 

特長

向拝角柱大面取り、虹梁木鼻に天竺様皿(さら)斗を置いています。軒は向拝一軒、身舎は二重、正面千烏破風に木連格子を用いています。懸魚は猪目で上に鬼板を載せています

県解説文


高良社は甲良明神を祀る大井俣窪八幡神社の末社である。

武内大神本殿の前方南側に建つ。1間社隅木入春日造、桧皮葺。

大井俣窪八幡神社社殿の室町時代のすぐれた一連の建築であり、中世の社殿後世を示す遺

構として重要である。

 
   
   9-2 窪八幡ー5 151028

 

7

末社 比咩三神本殿 

   ひめさんじん

建立

寛永2 : 1625 

指定年

昭和24年2月18日

建築様式

一間社流造

再建

 

確証附

なし

平面規模

 

屋根

 

妻面

 

特長

舎正面で87cmと小さな社ですが、白・朱・黒と各部を塗り分け、金箔を施した総漆塗りです。華麗な社殿で、江戸時代初期の様式の特色

県解説文


比咩三神社は、田心姫命等比咩三神を祀る大井俣窪八幡神社の末社である。

現在の本殿は寛永2年(1625)、徳川忠長によって建てられたとされる。

1間社流造、銅板葺。

簡素で小規模な社殿ながら、全体に江戸初期の特色をよくあらわしており、当社の指定文

化財社殿のなかで最も年代の新しい建物であるが、中世以降の神社境内の社殿配置や形態

を知るうえで注目すべき遺構である。

 

 

8

  神門 

建立

永正8年(1511)

指定年

昭和24年2月18日

建築様式

四脚門  切妻造

再建

 

確証附

石橋

平面規模

 

屋根

桧皮葺

妻面

 

立面外観

素木造

壁・窓

 

外周

 

石橋

石橋はがっしりした反橋で、繰形の透かしを入れた勾欄から擬宝珠をつけた親柱までをぶ

厚い1枚石で彫り上げています

県解説文


大井俣窪八幡神社の正面入口に開かれ、総門とも呼ばれている。

前面に高欄つき石橋を架し、表参道と結ばれる。

永正8年(1511)に武田信虎が建立したとされ、現在の神門はこのときのものである。

1間1戸の四脚門であり、屋根は桧皮葺の切妻造。箱棟には武田菱、花菱紋をつけている。

形式は簡素であるが、全体に木割も太く堂々とした姿で安定感がある。

附属の石橋も当初の状態をよく残しており、両者ともに室町時代の当社社殿を知る一環と

して重要な遺構。

 

   9-2 窪八幡ー7 151028   9-2 窪八幡ー1 151028

 

9

  鳥居 

建立

天文4年(1535)

指定年

昭和24.02.18

建築様式

木造 両部(四脚)鳥居

再建

 

確証附

なし

立面外観

7.41m、横幅5.91m

壁・窓

 

外周

 

特長

目の込んだ杉が使われ、親柱を連結する貫だけは節の多い松が使われている。

ポイント

現存の木造鳥居で最古

県解説文


大井俣窪八幡神社境内から東に離れた表参道に立っている鳥居で神門を望む位置にある。

創建については明らかでないが、現在の鳥居は天文4年(1535)の再建によるものと考え

られる。木造の両部(四脚)鳥居で、高さ約7.41m、横幅約5.91m。

均整のよくとれた形のすぐれている鳥居であり、一般的には造替の頻度が多い建造物のた

め、建立年代が室町時代まで遡る例は珍しく、現存の木造鳥居のなかで最も古い遺構とし

て価値が高い。

 

 
 
※ 最近の修理以前の訪問したが、屋根の桧皮葺、彩色が整備され 11間社流造の本殿、拝殿を含め見応えの多

   い神社建築にいつも驚嘆する。


 

 

4、甲斐 善光寺    甲府市善光寺3-36-1   055-233-7570 

                 創建  永禄元年(1558年) 武田信玄 

武田信玄が、川中島の合戦の折、信濃善光寺の焼失を恐れ、永禄元年(1558)、善光寺如来をはじめ、諸仏寺宝類を奉遷したことに始まる。

ここ板垣の郷は、善光寺建立の大檀那本田善光公を葬送した地と伝えられ、信濃より大本願上人以下、一山ことごとく迎えた。

その後、武田氏滅亡により、本尊は織田・徳川・豊臣氏を転々としたが、慶長三年(1598)信濃に帰座した。

甲府では新たに、前立仏を本尊と定め、本坊三院十五庵を有する大寺院として浄土宗甲州触頭を勤め、徳川家の位牌所にもなってた。 

 

1

  本堂

建立

寛政元 : 1789 

指定年

昭和30.06.22

建築様式

撞木造

再建

 

確証附

厨子  棟札  棟札 

平面規模

桁行十一間、梁間七間

屋根

銅板葺、檜皮葺

妻面

三花懸魚

立面外観

妻入、正面向拝三間

壁・窓

連子窓

外周

 

軒裏組物

軒唐破風付、両側面向拝

拳鼻付出組 拳鼻付二手先

中備

蟇股

 

 

特長

撞木造(しゅもく):屋根の形が東西棟と南北棟でT字を形成する特殊な構造

本堂 - 金堂とも称する。当初永禄8年(1565年)に完成し桁行およそ50、梁間がおよそ22、高さがおよそ23と信濃善光寺のものとほぼ同じくらいの大きさであったが宝暦4年(1754年)2月の火災によって失われ、現在の本堂は寛政8年(1796年)8月に再建されたものである。

寛政8年の再建は明和3年(1766年)から30年を要し、このことから工事の遅延を意味する「善光寺普請」の言葉が生じたという。

善光寺に特有の撞木造で、桁行がおよそ38、梁間はおよそ23、高さが26と最初のものに比べると規模は小さくなっているがそれでも東日本においては最大級とも言われる木造建築物である

県解説文


善光寺は社記によれば武田晴信(信玄)が開基となり、信濃善光寺鏡空上人を開山として永禄元年(1558)に創建した寺で、浄土宗に属する。現在の本堂は寛政8年(1796)に再建されたもの。

桁行11間、梁間7間、二重の屋根を撞木造にした奥行きの深い妻入の仏堂である。江戸時代の仏堂建築の形式に新生面を開いた遺構で、長野善光寺本堂(国宝)と比べるとやや小さいが、装飾性に富む。江戸時代後期の特色を示す日本有数の大規模建築。

 

   9-2 甲斐善光寺-1 151028   9-2 甲斐善光寺-2 151028  

 

2

  山門

建立

明和4  1767 

指定年

昭和30.06.22

建築様式

五間三戸楼門 入母屋造

再建

 

確証附

 

平面規模

 

屋根

銅板葺

妻面

 

立面外観

朱塗柱 白壁

壁・窓

上層に板廊廻らす

外周

擬宝珠高欄

軒裏組物

二手先

中備

蟇股

 

 

修理履歴

昭和37年(1962)に復原修理

詳細解説

山門は五間三戸の楼門で、下階の柱高は高く壮大である。

組物は和様で上下とも二手先とするが、多少構成を変えている。中備は蟇股である。

下階は正面両端間が金剛柵を回し金剛力士を安置し、裏は上階への上り口とする。

上階は広い一室になり背面寄りに仏壇を設け羅漢を安置する。

 

 山梨善光寺の本堂・山門は長野善光寺と比べるとやや小さく、それだけに木割も細いが、内外の装飾性に富んで華麗であり、様式、手法も時代の特徴をよく示して江戸時代後期の代表的な大規模建築である。

 

 

   9-2 甲斐善光寺-3 151028   9-2 甲斐善光寺-4 151028

 

 

5、東光寺        甲府市東光寺3-7-37    055-233-9070

 

寺伝の由緒書によれば平安時代の保安2年(1121年)に源義光(新羅三郎)が国家鎮護と仏法繁盛の祈願所として諸堂を再興し、寺号を興国院とした。

 

その後荒廃し、密教寺院であったが鎌倉時代の弘長2年(1262年)に、配流されていた渡来僧の蘭渓道隆が禅宗寺院として再興し、寺号も東光寺と改める。

江戸後期の『甲斐国志』では再興年を鎌倉時代の文永年間としている。

また、官寺として執権・北条高時から諸山位に次ぐ寺格を与えられ五山十刹の次に位置。

室町時代の応永27年(1420年)には、在所不明の大林寺から梵鐘が移されている。

 

1

  仏殿

建立

室町後期

指定年

昭和2年4月15日

建築様式

入母屋造

再建

 

確証附

なし

平面規模

桁行三間、梁間三間

屋根

 

妻面

 

立面外観

一重もこし付

壁・窓

桟唐戸

外周

 

内陣

円柱礎石礎盤

リンク

 

特長

仏殿は、天正10(1582)年の織田信長の兵火、昭和20(1945)年の戦災を免れて、室町時代の禅宗の建築様式を今に伝える貴重な文化財です。

織田信長は甲府善光寺に本陣を置き、東光寺を焼いた。しかし、不思議に仏殿だけが焼け残った。仏殿の中の柱に、織田軍が乱入した時の刀きずが残っている。

修理履歴

昭和31年 解体修理  昭和57年 屋根葺替  平成27年8月 屋根葺替・部分修理

文化庁

解説文なし

県解説文

 

東光寺は建長寺の蘭渓道隆が開山となり、文永年間(1264-74)に創立されたと伝える。仏殿の建立は室町時代と推定される。

 

低い基壇上に建ち、方3間にもこしをめぐらし、桧皮葺入母屋造の禅宗仏殿建築の形式であるが、後世改造による大きな変更が見られる。

そのため他の禅宗仏殿とはやや感じを異にするが、清白寺仏殿、最恩寺仏殿とならんで中世禅宗建築の推移を知る上で重要な遺構である。

 


  •    9-2 東光寺-1 151028    9-2 東光寺-2 151028

       9-2 東光寺-3 151028    9-2 東光寺-4 151028

       屋根の勾配の穏やかな曲線、清白寺のそりと比べ、日本的な消化され美しい。


      ● その他の訪問

        サントリー白州蒸留所

          以前に訪問したことがありましたが、蒸留所の内部見学を予約して訪問しました。
          工場内の、森に囲まれた諸施設は現代建築として素晴らしく、安井建築設計事務所の熱の入れ方が
          伺えます。

          ウィスキーの試飲もできます。「白州」の高価なのは、1杯だけで、「角」は飲み放題?
          無料で飲ませていただけます。文句は、言えません!

          9-2 サントリーー1 151028   9-2 サントリーー2 151028



        三分一水

          日本百名水の一つ 八ヶ岳の水が相当な量が流れている。
          久しぶりに訪問したが、周辺が公園に整備され駐車場まである。

          9-2 三分水ー1 151028   9-2 小海駅ー1 151028
                                   小海駅にて

         次頁、2日目になります。 甲州から諏訪、駒ヶ根に向かいました。


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